お陰さまで総閲覧数1000突破、ありがとうございます!そして童磨考察まとめ!
お久しぶりの、ゆりです。
6月に「鬼滅の刃/柱稽古編」アニメ放送が惜しまれつつも終了し、なんと無限城劇場版三部作も決定しましたね!
まだ公開時期は未定ですが、ここまでのペースを見るに一年に一回、一期ずつ公開のペースは守られているので、早くても来年には第一部が観られるのではないか?と期待しています。ひとまずは続報に期待ですね!
そしてそして、嬉しいことにこのブログも総閲覧数1000を越えました!!(*’ω’ノノ゙☆パチパチ
「一年前からやっててまだたったの1000越え?しょぼいじゃーん🤣」と笑われそうですが自分としては上出来です。
やっぱり、アニメを放映している期間は閲覧が増えるんですよね~
今後ともぼちぼち纏めてまいりますので、よろしくお願いいたします。
(2022年7月分「X」童磨考察ポストより)
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※⚠️注意!「鬼滅の刃」ネタバレに加え、原作、公式ファンブックを読んでいないとわかりにくい記述もありますので、平にご容赦を。何か質問などありましたら、コメント欄にぜひお寄せください。
童磨の背景と心理
・童磨の最後は一見するとギャグっぽいけど、意味がわかると端から見てると切なくて、哀しくて、自業自得とはいえ彼の運命に胸糞悪さを覚える。

・童磨の両親が共に地獄へ落ちるとき、父親は妻のことを「全く、お前は可愛いやつだなあ」と惚れ直したのか、「もう逃げられねえな」とシュンとなったのか気になるわ~。
・童磨は母の愛を求めていたわけじゃないのよね。父母が凄惨に死んでもそれ自体にはなにも感じなかった。ただ血の臭いや部屋の汚れが不快だった。
臭いもの、汚いもの、うるさいものは不快。
・そんな潔癖症の童磨が、鬼になってから口を血で汚しながら抵抗なく人肉を貪るようになるのが皮肉であるのと同時に、鬼にとって人肉がどんなに甘美なものなのかが想像がつくなあ。
・本当の恋を求める心は真面目だと思うよ。結果的に父親の行為をなぞる生き方になってしまったけれど…。
童磨の行動と対人関係
・童磨自体に、不特定多数の女との情事を目的に楽しむ心はないのよね。ちゃんとそういう所が、みんなに伝わると彼の見る目も変わる人はいると思うんだけれど。
・童磨って表向きは優しく賢い教祖さまを演じてる分、反動で鬼仲間の間(特に猗窩座に対して)ではああなっちゃうのかなと思ってる。
・寂しいとも哀しいとも思わなかったけれど、あの心中の光景自体は血の臭いの記憶とともにずっとこびりついていた。童磨は古い記憶のなかでも重要じゃないのは脳をほじらないと思い出さないと解釈してるんだけど、幼少期のことは普通にずっと覚えてるんだよね。

童磨のキャラクター分析
「信者の血と肉を受け止め高みへと導く」と言ってるけど、その「高み」っていうのは要は「強さを維持して鬼狩りを殺したりして無惨様に貢献すること」を言い換えてるだけだからね。教団の神は無惨様だから当たり前の理屈なんだけど。
心からの優しさどころか悪意もないのが彼の解釈がわかれる難しいところであるのはわかるのよね。
彼はただ、その時に自分が適切であると思うことをやっているだけで。
人間の血肉を鬼のために役立たせる…
簡単に言えばそういうこと。
そりゃ、一緒にいて最初はなにも感じなくても、しばらくしたら何かのきっかけで相手への恋を自覚することはある。創作でもよくあるよね。
でも琴葉が生きているうちに何も感じなかったとあるんだから、少なくても彼女が初恋ではないよね。
私もまだ童磨のことあまり深掘りできてない頃、ひょっとしたらこのまま暮らしたら愛情沸いてきたのかも?と思ったことあるけど、心の綺麗さでは絆されない、だから悪鬼なのかなと気づいてからは、ないなと思うようになった。
しのぶに惚れさせることがゴールだったと考えるとね。
吾峠先生はねー、女に次々体目的で手を出す行為自体を「色狂い」と描いてるのよ。つまり童磨が今まで女性たちにやってきた事と掛けてるの。
一人の女性に恋をして熱を上げるのはそれまでと明らかに違ってて「色狂い」とは別でしょ。
童磨がいきなりしのぶを誘うから軽いナンパに見えちゃうのかな。
でも童磨って最初から、周りに躊躇なく声をかけたり、誘ったりついていきたがったりを臆面なく口にするキャラだもの。
童磨が父親譲りの色狂いなら、思春期に女性に触れた時点でもうそういう感情に目覚めてると思うんだよね。
でもどんな女性と関わっても、楽しい!女を抱くのが生き甲斐!とは思わなかった。「子供のような恋愛ごっこ」をしていたという通り、彼が本当に求めていたのはあくまで"恋愛感情"だから。
「死の恐怖へのドキドキを恋の鼓動と勘違いした」という人がいるけれど、それだったら顔が青ざめる(吾峠先生の表現なら、顔に影がさして冷や汗を流す…かな?)はずだし、それ以前に「死ぬことが怖くもない」と言っちゃってるから恐れる理由もないのでは?
むしろ「天国や地獄もあるのかな?」と新しい発見に興味を見いだしているくらいだ。「俺の新天地だ!彼女を連れていきたい!」と。
感情さえ覚えたら、現世に未練なんてないから。
もし、しのぶを殺す前に恋に目覚めたら「この感情をもっと知りたい!」と思って彼女を殺さず、纏わりついてなんとしても生にしがみついたかも知れない。
でもそうじゃなかったし、お互いに死んでしまったからね。
色狂いって「お、あの娘は初心そうだから男を教えてやるのも面白そうだ」「いい体してるな、ちょっと手をつけてやろう」「若い娘を次々落としていくのは楽しいもんだ」とかそういうのだよ。ゲーム感覚、スナック感覚。お話ししてドキドキして顔赤らめるのとは全然違う。
童磨が感情に目覚めたのは
バカにしてた人間、とりわけ女により、もたらされた敗北と死が必要条件だったからだよ。
そしてもたらした当の本人が霊魂となってあらわれて(死んだら無になるはずなのに)そして種明かし。そして恋。となる流れでしょう。
童磨と他のキャラクターの対比
しのぶは、無惨様を越えたんだよね。
無惨様でさえ、彼の顔色を変えることはできなかったんだから。
そういう所でも、人が鬼に勝ったということかな。
しのぶの愛はあくまで姉さんに向いてて、童磨には憎しみしかなかったのがね。
それにしても死を確認してそのまま成仏してもよかったのに、わざわざ首を持って話をしにいったのはなんでだろう。
自分の気持ちを言いたかったのもあるだろうけど、童磨の言い分くらいは聞いてやろうと思ったのかな。
非力で鬼の首を斬れないから、毒を開発することで柱として上り詰めたしのぶ。
執着も渇望もないから、栄養価の高い女の肉を常に摂取することで上弦の弐まで上り詰めた童磨。
己のハンデを補う方法を見つけることで強くなった所も同じね。
親が死んだとしても、特に他にやりたいことはないし退屈だけど別に嫌でもない、やっぱり信者や親類とかにも「次はあなたが教祖です!」と乞われて拒否するいわれもないし…という感じかな。
多分、ほとんど童磨目当てで来てた信者ばかりだったろうし。
しのぶにはない恵まれた体格を持つ童磨、童磨にはない強い執念を持つしのぶ。
童磨がもし食べるにも困るような環境で生まれていたら、どうなっただろうか。
感情ないけれどもハングリー精神は身に付いただろうか。
しのぶと蜜璃も、確かに対比になってるよね。
添い遂げる男性を求めた蜜璃と、そういった「女の幸せ」には背を向けたしのぶ。
でも二人とも考えの違いで対立することなく、仲が良かったらしいから、吾峠先生はきっとどちらの生き方も肯定してると思うなあ。
よく「なんで童磨戦で嘴平親子との因縁をぶちこんできたんだ?なんだかしのぶとカナヲとの戦いのついでみたいだ」という意見を目にするけれど、あれ、猗窩座と恋雪とのエピソードと対比させるために必要だったんだのだと思う。
だから意味はあるんだよ。
もう考察されてる方いるかも知れないけれど、童磨の瞳の色と髪の色、それぞれ、しのぶと伊之助との因縁を示唆してるんじゃないかなー。虹という字には虫へんがあるし、橡はどんぐり、どんぐりといえば伊之助。
なんで橡色なんて、普段馴染みのない色を出してきたのか不思議だったんだよね。
童磨のアイデンティティである瞳と髪、最初は神性を見いだされしものだけれど、後に鬼の血と文字で汚され、自分が踏みにじったものたちとの因縁を結びつけるものでもあった…まあ、こじつけだけどね。
カナヲの名を聞いておきながら「名字が違うね」じゃなくて「肉質が血縁っぽくない」と返したのは、当時は二人目以降は養子に出されたりがよくあったから長子と名字が違うのも珍しくはないからかな。名前よりも遺伝子の方が確実、と。
童磨父は信者に「次々手を出す」とのことだから、特定の愛人を作るとかじゃなくて本当に来る片っ端からお手付きをしていったって感じなんだろうね。とにかくマーキングのように。
色んな女の「味」を楽しみたいってことなのかしら。「こいつらは全部俺の自由だ」という所有物感覚もあるのかな。
作中の童磨の女性の扱いと被せてるってことよね。それこそ若い女の子だったらなんでもOK!て感じかな。
童磨母に対しては愛は残ってたのかしら。教祖の妻として、御子の母としての役割しかもう求めてなかったのかな。
女好きキャラでいくんだったら、ナンパ師とかそっち方面にすると思うけどね。詐欺師ということは「搾取目的で嘘をつく」という所に重点を置いているわけでしょう。
人間として育てられなかったということで、童磨と、琴葉と別れたあとの伊之助とも対比構造があるな。
カナヲとも対比になってるけど、良き出会いがあったものと無かったものの違い。童磨が出逢って影響を受けたのは無惨様だけだもんね。
童磨の話には「心が満たされなければ永遠に渇き続けたまま、肉体の欲求のみを満たし続けても何の意味もない」というメッセージもあるのかな。
童磨の全体的なメッセージ
物質至上主義的な批判も込められてるのかな。
なんで童磨はよく相手を見て分析するはずなのに、しのぶを丸ごと食べたの?しのぶは別に自分を食わせなくても方法はあったでしょ?という声があるけど、私は、どうしても童磨の両親の心中の因縁と被せたかったからだと思う。
吾峠先生は「一般にウケる展開」「整合性」よりも自分の描きたいテーマを優先す漫画家さんなんだと思う。
童磨がカナヲの煽りに対して「どうして意地悪なこと言うのかな?」というシーン。集英社みらい文庫のノベライズでもはっきり書いてあるけれど、怒り顔の表現じゃなく、表情を消した真顔の表現よね。
童磨にとって琴葉は、その時だけ楽しむ観賞用の花といった感じかな。
いらなくなったら何の感慨もなく、容赦なく切り捨てるだけの存在。
不思議よね~
今まで色んな女性、特にナエや琴みたいな優しくて見目のいい子と関わっても心惹かれなかったのに。
まあ、やっぱりあの会話がきっかけだよね
それがなきゃ「力のない毒使い」としか認識しないままだった。
負けても、自分だけの力で倒せなかったのが悔しくても、目的を果たせて万歳、仲間への信頼、さっぱりとして凛とした強い姿かな。
童磨の母と琴葉、二人とも子を残して死んだというところで共通しているけれど、それぞれ子の心に残したものは違うということね。
親にすら無感情隠し続けた童磨。
どんな気持ちだったんだろうな。
「バレたら厄介だから隠しとこ」くらいの感じなのかなあ。
「好きな人と共に地獄へ堕ちたい」父親の血と同時に、やっぱり母親の血もひいてるなあ。
※まだまとめ途中なので、ぼちぼち見やすいように更新していきます!
平にご容赦を😣💦